才能

今年、私の卒業した小学校は創立100周年を迎える。
来る10月22日、
私と弟は、記念式典の中の「ようこそ先輩!」というコーナーで
演奏をするという非常に光栄な機会を頂くこととなった。
私の小学5~6年の担任の先生だった松崎先生は、
小学校の音楽教育に非常に貢献をされた方で、
以来、立野小学校は音楽のクラブ活動などに熱心で、
近年では、合唱部や吹奏楽部が様々なコンクール等へ出場し、受賞を受けているらしい。
「立野小学校の歴史の中で、音楽は切り離せないものなんです」
と、現副校長先生が私たちに説明して下さった。
残念ながら、私は小学生のころ音楽を職業にするようなことは、
夢にも考えていなかった。
私の夢は「山の分校の先生」で卒業アルバムにもしっかりとそう書いてある。
なんというか・・・何の面白味もない、どちらかと言うとただの優等生。
音楽に関して言えば、まぁそこそこ。。。
私の周りには、アパートの上階から聴こえてくるピアノの音を
楽譜も無く、どんどん弾いてしまうという友達がいたし、
松崎級は、兎に角、皆、音楽が大好きで、レベルが高かった。
ただ、今にして思えば、
何故か私は、松崎先生が指揮を務めてらした学外の合唱団のオーディションに合格し、
そのことが現在の礎になったのかな・・・。
先生との出会いは、前にもここで書いたけれど、
小学校2年生の時の「まっててね」
確かに3歳までに童謡100曲を覚え、毎日歌っていたと母が語るほどの
「無類の歌好き」であったのかもしれないが、
「私と歌」が切り離せないものであると気付かせてくれたのが先生なのかもしれない。
ただ、私は自分には才能が無いことを自覚できていた。
弟とは四つ違いで、私が小学5年生の時、彼は入学してきた。
・・・と間もなく、
「1年生の廊下に行ってごらん!また弟が立たされてるぞ!」
とよく先生から言われた。
「あちゃ~、まただ。」
小さくてほそっこい弟は、じっとしていることが無く、
いたずらも大好きだった。
まぁ・・・とにかくいつも動き回ってるという印象。
すばしっこい、やんちゃな少年だった。
彼が小学4年生の時、
彼曰く、「学校放送で呼び出された」
「今度は何を叱られるんだろ・・・?」と恐る恐る職員室に行くと
松崎先生が、
「今年の運動会で鼓笛隊の指揮者をやりなさい。明日から朝練です!」
と言われたと。
その頃、中学生だった私は、とても驚いた。
何しろ、その役は、毎年、6年生の健康優良児に選ばれた人が任命される
非常に栄誉あるお役目で、運動会の花形だったからだ。
何故それをこのやんちゃ小僧に・・・?
ともあれ、選ばれたのだから頑張るように言ったと思うが、
本人にはまだ自覚なく、
「それってかっこいいこと?」とかなんとか聞いて、
「そうだよ」というと、
「じゃぁ、頑張る!」とか言ったような記憶。。。
これは、随分後になってから聞いた話だが、
翌日から
「地獄の猛特訓」が始まったそうだ。
毎日、自分の背丈ほどもありそうな「ポール」を
ランドセルを背負った彼が持ち帰り、
家でも自主練を楽しげにしていたという印象だったが、、、
実は、
「今まで、6年生の健康優良児の人がやっていたことだけれど、
君を選んだ。鼓笛隊を引っ張っていく大事な役だ。」
と中途半端な気持ちではいけないことを説明され、
子供心に物凄いプレッシャーを感じていたらしい。
運動会当日、
私は小学校に隣接する坂の上から、彼の雄姿を見た。
軽快に小気味よくポールで拍を打ちながら、
鼓笛隊を先導していき、
朝礼台の上で「ピーピッ!ピッ、ピッ、ピッ!」と
最後に笛で、皆を静止させた時には感動した。
「何故、あんなちっちゃこい子が・・・」
と怪訝そうに見ていたご父兄さんたちも
大喝采を送ってくれていた。
彼の才能を思い知った最初の瞬間だった。
「彼は、リズム感が良く、運動神経も良い。
あのポールを持って、音楽を導き出しながら、皆を先導していくことは容易ではない。
音感、リズム感だけでなく、筋力も必要」
ということで、松崎先生は、弟を勇気ある大抜擢をしてくれたようだった。
私は、彼よりも年長で、まぁ学校の成績も良い方で、
両親に面倒もかけない。
だけど、彼の才能には永遠に叶わないなと思った。
私には、才能は無い。
ただ、歌うことが好きで、辞めることが出来ない。
だから、どうしたら納得いくように歌えるようになるのかと
日々追い求めているだけ。。。なのかな。
まだ、良く分からない。
そんな二人が、母校の100周年記念で同じステージに立たせて頂く。
ロックとクラシック
相反するような道を歩んできた私たち。
弟は今年、デビュー25周年を迎え、
その年に「アーティスト封印」するという。
芸能界で「アーティストであり続ける」ことの難しさを痛切に感じた。
あの小学4年生の運動会。
誰からも期待されず、自分の才能にも気付いていなかった小さな少年が、
プレッシャーを跳ね除けるように
必死で臨んだこと、
そこから自然に表出されたオーラ。
あの原点にタイムスリップして、
封印までの数か月を思いっきり輝いて欲しいなと思う。
たとえ、彼が「封印宣言」をしたとしても
「才能」とは、無くなるものではないし、
「才能」は、逆に付き纏い・・・
時に人を苦しめる。
そこに打ち克つことで、また真の芸術が生まれ出てくるのかもしれない。

才能」への1件のフィードバック

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    立野小学校100年ですか。おめでとうござます。
    かれこれ40年前の夏休み、当時の指導者だった増田先生につれられて、立野小学校にいった記憶があります。たぶん小学校の音楽教育研究会で、演題は合唱指導だったのでしょう。その頃、立野小からの合唱団入団者は多く、松崎先生に音楽の楽しさを教えていただいたという人も多いことでしょう。ですので、その学校での演奏会で、合唱団のOBOG会のことを忘れずにお話してください!!かくれOBがいると思います。
    これからもよろしくお願いします。

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