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めぐりあい

2013年になって、初めて書くブログです。
最近は、もっぱらFacebookばかりで。
ま、主に蘭丸と今年になって飼い始めたレオの写真ばっかりですが。。
その日、その時に感じたことを気軽に書けるのが良いんですわ。
今年は、いくつか挑戦しようと思ってまして、
先週その1つが無事に終了しました。
<Natural Flavor Live Vol.1 by pearlhouse>〜めぐりあい〜
私の主宰するボーカルスタジオのレッスン受講生によるLive シリーズです。
因みに私は出演しません。
私のスタジオの受講生は、現在、
小学3年生から50代のおじさま&おばさままで、
幅広い年齢層、ジャンルの方がいます。
その中でもミュージカル女優を目指しているお嬢さん達が多く、
まだ幼い頃、経験の少ない頃からレッスンを受けてきた子たちも
気がつけば、成人していたり!
びっくりデス。
地道にレッスンを受けたり、
自分で鍛錬を積むことはとても大事なことですが、
歌い手たるもの、
「あの人の歌が聴きたい!」
と思って頂け、自分に時間を預けに来て下さる方々の前で、
歌える喜び!
そして、「来てよかった」と思って頂ける演奏を届けられるのか!
その機会を作り出す事はとても大切。
というか。。。
歌い手の使命ってなに?って事、
考えずに歌っているんであれば、
自分一人でお家で歌って楽しんだり、
お友達とカラオケで思いっきり歌って楽しんだり、、、
って事で良いと思うし、
何もレッスン受けて、厳しいこと言われて、落ち込んだりなんて
しなくっても良いんではないかしら?と思うわけです。
ところが、うちのお嬢さんたちはどうやら・・・
「表現したい!」
「届けたい!」
思いが沢山の子たちが多いようで。。。
ならば、それは本当に本気の思いなのか、
とことんやってみなしゃ〜いってことで、
企画しました。
社会人として、世の中の荒波に航海をはじめた3人のお嬢さんに
出演して演奏するだけでなく、
1つのLiveを作り上げる為の制作作業等も担うという課題付きです。
お客様と巡り合うまでの道のりは、
とても長い事を知り、
如何に大切な時間であるかを感じて欲しい。。。
彼女たちへの課題とは別に、
私にはもっと大事な思いがある。
それは、うちのお嬢さんたちの歌が大好き!
ただシンプルにそう思っている。
勿論、大好きって思えるまでの道のりもいつも長い。
レッスンに来たら。。いつも
ひたすら。。。発声練習。
曲を歌っても一小節で止めては、あれこれ言って、前に進めない。
きっと、面倒くさいレッスンだろうな。。。と時々思う。
けれど、この繰り返しが、ある日!
「きゃ〜素敵じゃない! 大好き!」って歌になる。
そうなると、もう。。。
実は、、
一人でも多くの人に聴いて欲しいって気持ちになってしまう。
「きっと、聴いてくださる方の心に何か働きかける子たちですから!!」
という親ばかぶりだ。
先週の本番。。
「可愛い!!」
「最高!」
「う〜ん」
な〜んて小さく叫んでいたのは、私です。
課題は勿論、まだまだいっぱいあります。
実力不足、勉強不足もありました。
けど、これからもきっと、
自分たちのLive を楽しみにして下さるお客様と
巡り逢えるよう
自分を磨き、
仲間と力を合わせて、
シリーズを継続していってくれると思います。
出会いは突然にやって来る。
けれど<めぐりあい>は、
ずっとずっと長い道のりを旅してきた末に、
「出会う」事のような気がする。
何かを求め続けている人たちが、
いつの日か
「めぐりあう」のかな。

心の扉

パタン。またひとつ心の扉が閉まる音が聞こえた。
もし私が、歌うという表現の手段を持っていなかったら、
色んな思いで膨らみすぎた心は、
何度も何度も張り裂けてしまっていたに違いない。
私はもともと引っ込み思案で、
自分の思っていることを口にすることができなかった。
それは、友達や先生に対してだけでなく、
自分の親にもだった。
人に相談事をすることも大の苦手。
大人になってから、母に何度か言われた。
「何かあったら言いなさいよ。なんでも自分で抱え込まないで。」
そう言われてもなかなかできない。
仕方ない。これが私なんだ。
歌を教える事を通して、多くの子供たち、表現者の方たちと出会った。
類まれな感性を持った人ほど、
ガラスのように繊細な心を持ち合わせていたりする。
普段は、ほんわかとしているのに、
舞台に立つと豹変する子もいる。
歌は雄弁に語っているのに、
レッスンの前後のお喋りが弾まない人もいる。
皆、自分の内に蠢いているものを表出する手段を求めている気がする。
だから、歌う。踊る。演じる。
もしも私に、感性というものがあるのならば、
それは、いつも出口を求めて、いっぱいに膨れ上がっている。
日常に起きる摩擦の中で、
パタン、パタンと音をたてて閉じていく心の扉を
押し開けて、飛び出していきたいと!
ならば、最初から閉じなければ良いのでは?
人は言うかもしれない。。。
けれど、そんなことが出来るくらいだったらば、
私は、歌う必要など無いのだと思う。
多分。。
そして、自分の思いが空回りしないよう、
表現するための技術を磨いて行きたい。
鍛錬したい。
きっと、誰しも
怒ったり、笑ったり、喜んだり、叫んだりしたいんだ。
そんな純粋な感性に触れる歌を歌っていきたい。

私には子供がいない。
だからという訳ではないが、
飼い犬の蘭丸をはじめ、
離れて暮らす姪御たち、
そして、生徒たち一人一人を心から愛おしく思っている。
今、主宰するスタジオの定期公演に向けて、
毎週末、お稽古をしている。
そこで、生徒たちの成長を目にする度に・・・
実は、涙を堪えている。
今回の第二部のテーマは巣立ち。
生まれたばかりの小鳥たちは、
巣の中から
「ピーピー」
と可愛らしい口を開けて
親鳥が運んでくる餌を待っている。
毎日、毎日、
親鳥が運んでくる餌を食べて
成長した小鳥も
自らの羽で飛び立つ日が来る。
人もまた同じ。
自立していくことは素晴らしい。
自分の役目が終わったことを感じた時、
安堵と共に感じる空虚感。。。
幸せなはずなのに、
ちょっと寂しい。。。
きっと、親であれば、必ず経験する思い。。。
ストーリーの中にあるテーマは
リアルタイムで生徒たちが実現していって欲しいテーマでもある。
そして、そんな生徒たちのお母様たちの思いを
「人形」に反映させたい。。。
私の思いかもしれない。
世の中のすべての母親の思いかもしれない。
「かわいい子には旅をさせろ!」
昔の人は良く言ったものです。
少々、ネタバレになりますが、
あるシーンで、
少女と人形が、旅に出ます。
辿り着いたのは、少女が大好きな動物の世界。
人間たちが自然を破壊していくので、
子ライオンの将来を思うと心配でたまらない母ライオン。
先週だったか・・・
母ライオン役の子が、歌の個人レッスンに来たとき、
高揚した表情で私に話してくれた。
「戦いを見守っていたみんな(動物たち)のいる方をゆっくりと振り返っていくシーンの時、
みんな、無言なのに、声が聞こえてくるみたいなんです。
みんなが私(母ライオン)に向かって、語りかけてくれてるのが分かる。。。
も~泣きそうです~。」
確かにその後の彼女の表情と芝居に
私は涙を堪えた。
彼女の真剣な戦いのシーンに感化されたみんなが、
今度は彼女を感化する。
こういうことが稽古場で起こり始めると、
作品はぐんぐん立体的になり、
一人一人はとどまることを知らずに成長欲を漲らせていく。
2年前・・・第一回の発表会で、
思うような演奏ができずに、
楽屋でひとり涙した彼女を忘れたことはない。
それは、失敗したのではなく、
未熟だったのだ。
彼女自身もそれを分かっていた。
だから、悔しかったんだ。悔しくて泣いた。
あの時、私は彼女に旅をさせた。
成長して欲しいから。
成長するために必要なことは何かを本当に知って欲しかった。
だから、少し実力よりも難しい曲でも変えようとしなかった。
その後、この2年間、
輝く為に必要なことは何か、
彼女なりに探しながら、コツコツと磨いてきた。
あの時の涙が、
今は、種類の違う涙となって、彼女の目から溢れようとしている。
その涙は、堪えなきゃいけないよ!
きっと、彼女は分かっている。
だから、、、観ていたこちらが、思わず。。。
私は、いつも生徒たちに言っている。
人は皆、発展途上。
失敗も未熟も恐れることはない。
最後まで諦めることなく、
出来ることを一つ一つ、真摯に取り組んで欲しい。
今、皆、それぞれが自分の役割を認識しながら、
自分自身と戦っている。
自分の役を愛おしみ、育てている。
まだまだ苦しくて、人知れず涙を流している子もいると思う。
涙は沢山流しても
必ず、輝きに変えてね。
ずっと、見守っているから。。。

信じる

またまた、ブログ放置状態。すみません。
こんなことでは、読んで下さる方もいなくなってしまいますね。
良いんです。自分自身の書き留めておきたいことを綴っているので。
なんて、、、やっぱり読んで下さる方がいるからこそ、書いているんですよね。
マイペースで頑張ります。
さて、矛盾しているようですが、
書き留めることができずにいても、
心に留めたことを大切に、
少しずつでも日々の中で実践していくと・・・結果は後からついてくるものだと
感じる今日この頃。
2月の中旬・・・
昨年のブログでも何度か登場している母校、立野小学校へ行ってきました。
創立100周年行事の一環で、
在学生と先生方による音楽会にご招待を受けて、
今度はお客さんとして、鑑賞させて頂いたのです。
この音楽会は、毎年開かられているもので、
在学生&先生方が全員参加でクラスごとに演奏をするものです。
先生方だけでなく、地域の音楽ボランティアという方々にサポートして頂きながら、
クラスごとに渾身の一曲を仕上げていく。
6年生にもなると、寸劇を交えた曲紹介などもあり、
音楽が結ぶチームワークは、実に微笑ましいものでした。
その中で、心が震える思いを体感させてくれたのは、
トップバッターの特別学級の子供たちによるハンドベルの演奏でした。
その純粋無垢なる音色に涙が溢れてきました。
そこには、研ぎ澄まされた感性と集中力が紡ぎ出す音の受け渡しがあり、
それは、体育館の中に集う全ての人の耳を鋭敏にし、心を奪い去って行きました。
最後の音の響きが消えていく時を待って、拍手が起こりました。
「これだ。これが音楽だ。。。」と私は原点に立ち返る気持ちになりました。
「素晴らしい」と小さく呟いた私の声を逃さず、
隣に座っていらした恩師の松崎先生が頷きました。
そして、
「あの子たちが、休符を待っていられたってことが凄い。」と仰いました。
何に感動したのかを初めて気づかされました。
良く、我々音楽をするもの、「休符に音楽が、ドラマがあるかどうかが大切。」
と言います。
でも、この日ほど、それを体感できたことはないかもしれません。
彼らにとって、音を出すことよりも、
出さずにいることの方がはるかに難しいことなのです。
約10名のクラスメートが、
それぞれの担当する音を鳴らす瞬間をお友達の音を聴きながら
じっと待つ。。
そうして、鳴らされた一瞬、一瞬の音のバトン。
そういえば、一組だけ、同じ音を二人の子が担当していました。
ちょっぴりしっかりした女の子が、ほんの一瞬、男の子の手をポンと叩き
今だよと合図を送って、一緒に音を奏でました。
私は、「音楽の力って凄いですね。」と呟くと
先生は、
「そうだね。でもそれだけではないよ。先生が素晴らしいね。
 良くあの子たちを導いた。可能性を信じる心、忍耐だね。」
私は、この年になってまた、この恩師から大切なことを学んだと思いました。
ここに届けられた音楽の中に何があったかを気付かされました。
この限りなく透明な音の中に、尊い思いがあること。。。
この日の感動を私は、胸に深く刻みました。
そして、その日からまた、音楽に純粋に迎える自分でありたいという思いと同時に、
生徒たちの可能性について、心から信じることのできる自分になりたいと思いました。
信じ、引出し、伸ばす。そのことの繰り返し。
そのためには、自分自身の勉強も大切だし、
忍耐できる、しなやかで強靭な精神力も本当に大切だと。
そして、何より、彼らが自立し巣立っていく力を養えるよう
その日まで、支え続けていかなければ!
気付き、刻み、実践していく。
その中で、喜びの時は訪れる。
昨年、創立100周年記念式典で、
私たち姉弟の出演の懸け橋となって下さった副校長先生が、
学校たよりに掲載されていた言葉を
ここに引用させていただきたいと思います。
「凡庸な教師はただしゃべる。
 よい教師は説明する。
優れた教師は自らやってみせる。
そして、偉大な教師は子どもの心に火をつける。」
                    By ウィリアム・アーサー・ワード

刺激しあうこと

昨晩の二人の生徒のレッスンは、非常にワクワクするものだった。
一人は、中学2年生でレッスンに通い始めてから漸く1年を過ぎたところ。
去年の夏の公演に向けてのレッスンで、
基礎力をグンと上げ、
二つのステージ出演のチャンスも掴み、
実力はまだまだながらも
実に生き生きとして来ている。
昨日のレッスンでは、彼女が歌いたいと言っていた曲をやったのだが、
まぁ、粗削りながら、良く自主勉強してあった。
何がワクワクするかって、
基礎をきちんと積み上げてくると
ある日突然、一気に色んな事ができるようになる。
こちらの導きにどんどん対応でき
表現したいことが、あれよあれよと
自分でも驚くほどにできて、
なんだか楽しくなってくる瞬間を目撃できる。
そうすると、自分に不可能なものなど無いような
そんな気がしてくるのだと思う。
キラキラ輝く笑顔がそこにあった。
もう一人は、昨年短大を卒業し、
「大好きな歌うことを本格的に勉強したい」という思いながら
これから進むべき道を模索しつつレッスンを始めて間もなく1年。
彼女もまた昨年の夏の公演をきっかけに
グンと力を付けてきていた。
子供のころ、聖歌隊で歌っていたという彼女は、
本来、天使のような美しく、澄んだ声を持っている。
しかし、その後、成長過程で、
彼女に合わない発声方法で歌う勉強をしてしまったために
「歌うこと」が不自由になってしまっていた子だった。
この一年で、その状態から抜け出せただけでなく、
このところの彼女は、「自分の歌の世界」を見つけつつある。
昨日は、美佳ちゃんの伴奏付きレッスンで、
彼女の「本当の声」を聴くことができた気がした。
歌の中に隠れたドラマを上辺ではない表現で歌っていくよう導こうとした私の要求にも
面白いように応えられる彼女がそこにいた。
伴奏をする美佳ちゃんもその歌に刺激を受けて、
ピアノで共にドラマを描く。
「あ~気持ちいい」と美佳ちゃんも言った。
私のスタジオでは、今年も夏に定期公演の開催を予定している
彼女たちをはじめ、何人かの子達が
「今、自分がやらなければならないこと」の為に
出演できない。
それはとても残念なこと。
でも、昨晩、彼女たちのレッスンをしながら
おぼろげに考えていた次回公演のテーマと内容が
突然、具体的に見えてきた!
そして、今朝、それを書き留め、
ほぼ全体像を整理することができた。
そう・・・こうして、出演できない彼女たちも
私の中では、公演のどこかに魂を存在させてくれているようなものなのだ。
将来、一人一人の生徒と、アーティスト同士として、
刺激をし合える関係になっていくこと・・・
そんなことを夢見た日。
あ~~すっきりした!!

レカ・ノシュ

未来派CD
「レカ・ノシュ」
ブルガリア語で「おやすみなさい」という意味らしい。
小学生のころ、私が入っていた少年少女合唱団で、
先輩たちが歌っていた曲。
何とも美しい子守歌のようなその曲は、
ずっと、私の憧れの曲だった。
つい先日、twitter上で弟が「レカ・ノシュ」さんと会話を交わしていた。
「大好きな曲ですが、歌詞がうる覚えで、いくら調べても出てこなくて。。。」という呟きに
「姉なら分かるかもしれません。。。」と。
「あ!・・・」と感性の扉が開きました。
今から10年前、2002年2月22日・・・
私は、<未来派コンサート>と名付けたコンサートを開催しました。
クラシックのコンサートはどこか敷居が高いと思われている。
沢山の素晴らしい曲があるのに、
どうすれば、聴いてもらえるんだろう。。。
何とかしたい!というエネルギーに溢れていて、
企画したコンサート。
アーティスト・松岡英明が、<Light and colour>という曲を作るきっかけとなった
一人旅からイメージを膨らませて、
彼がヨーロッパを旅しながら
次に進むべき道を見つけ出す
というストーリーを作り、
彼が語りながら、
プログラムを進めていくという作品だった。
ワーグナー、ビゼー、モーツァルトにプッチーニ
それらの曲を彼が美術館で絵画を見るように
綴っていった。
彼自身が作曲した楽曲を軸として。。。
私にとって、とても思い出深い作品。
そのコンサートのアンコールで歌ったのが「レカ・ノシュ」
決して忘れられない思い出。
私と弟、そしてゲストのバリトン歌手丸山くんと三人で、
一人ずつソロをとりながら、ハーモニーを届けよう!
と練習していた。
クラシックのホールでマイクを使わずに
美しい子守歌を歌うことを弟は心から楽しみにしていた。
それなのに・・・あろうことか、
私は、弟のソロ部分まで歌ってしまった。。。
本当に申し訳ない。
・・・という裏話はさておき、
この曲の歌詞は、<未来派コンサートvol.1>という旅から帰ってきた
私たちを優しく出迎えてくれたようだった。
あのコンサートの台本を弟は、ちゃんと書き残しておいてくれたんですね。
もし、興味を持ってくださいましたら、是非読んでみて下さい。
http://www.hideaki-matsuoka.com/TV-NOiZ/message/Futurist1.html
私もあの時のエネルギー・・・思い出しました。
最後に・・・
私の持っている楽譜から<レカ・ノシュ>の歌詞を綴ります。
(楽譜のまま、すべて平仮名表記と致します)
<レカ・ノシュ>  
パラシュケフ・ハリエフ作曲 / ゲオルギ・アブガルスキー作詞 / 中山知子訳詞
よぎりはもりにあおく のばらもとりもねむり
ほしかげも ゆめをみる レカノシュ レカノシュ レカノシュ
らんぷがひとつふたつ まどからきえてあとは
せせらぎの ささやきも レカノシュ レカノシュ レカノシュ
のみちもむらもしずか きのははゆれるかげよ
やすらかな ひとときを レカノシュ レカノシュ レカノシュ

伝えたいこと

新しい年がやって来ました。
私は、今日という日を平穏に迎えられたことに感謝しています。
さて、本当は年末に書きかけたのですが、
なんだか思いが纏まらず、改めて書いています。
確か・・・今年の5月から、twitterとFacebookを始めまして、
どうもブログの更新が、今まで以上に間が空いてしまっていて・・・
もし、楽しみにして下さっている方がいましたら、
申し訳ありません。
TWもFBも「私には絶対無理!!」と敬遠してきたのですが、
始めてみると・・・あらあらこれがなかなか楽しいです。
日常の中で感じたことを呟いたり、愛犬蘭丸の写真を投稿したり、
気楽に投稿できるのが良いところです。
Blogはというと、私の場合は書く時にとてもエネルギーと時間を費やしてしまいます。
それ故、なかなか取りかかれず、
でも、書き留めておきたい出来事や思いを自分のペースで、
これからも綴っていきたいと思っています。
昨年末、
弟のラストLIVEの朝、ドライヤーが壊れました。
それで、
半年くらい前から美容師さんに勧められていたドライヤーを遂に買いました。
髪への効果は抜群で、これを手に入れるために
神様がいたずらしたのかな?と思いました。
何故なら、私の性格上、
もし、良い製品があるとしても、
今、使っているものがあるなら、新しいものを手に入れようとはしないからです。
年末、仕事やお掃除が終って、漸く年賀状に取り掛かり、
原稿を作って、さぁ印刷!って時に・・・
プリンターが壊れました。
色々迷いましたが、主人が以前から仕事に必要だと言っていた
カラーレーザーのプリンターを思い切って買いました。
印刷の質、ランニングコストを考えると決断して良かったと思いました。
大晦日、楽しみにしていたLIVEへ行く前に
掃除機をかけていたら・・・突然、止まりました。
これには、「掃除機よ、お前もか!」と・・・
でも待てよ、ここは冷静に・・・ともう一度、取扱い説明書を読み返し、
色々と点検して、もしかしたら復活するかも・・・と淡い期待を持ちながら、
仕方ない・・・と出かけました。
そして、まだ今日も彼女(掃除機)は動きません。
今朝、ふと思いました。
そういえば、最近・・・「ルンバ」が欲しいと思ってた。
まさか、また神様のいたずら?
さて、自分!どれだけ電気に頼った生活してるんだ?って気付きました。
そして、次々代わりがあるってことが妙に恐ろしいことに思えてきました。
これらが全部無くなったとき、果たして自分は生活できるんかい?
あの日、色々な物を一度に失った人が沢山いる。
大切な人を失った人が沢山いる。
人は皆、ひとりひとり違って、
誰一人、その人の代わりなんていやしない。
いやしないんだ。
私にできることは何?
役に立てること?って考えたときに、何もなくて躊躇してきた自分がいた。
だけど、今日、なんとなく感じた。
「私は私を生き抜かなきゃダメなんだ!」
とにかく、「私である」べきなんだ!
他の誰でもない。
私にしかできないことをやり続けることなんだ。
誰もみな、代わりはいない。
掛け替えのない大切な人を失っても
それでも、あなたはあなたを生き抜いて欲しい。
あなたの代わりは、どこにもいないのだから。。。