PROGRAM NOTE 2

第2部は、作曲家リヒャルト・ヴァグナー(ロマン派 1813年〜1882年 69歳没)の作品から、数少ない歌曲「ヴェーゼンドンク歌曲集」の全5曲となります。(歌曲とはクラシック音楽における独唱声楽曲を指し、当該歌曲はドイツリート:Deutsche Liedと呼ばれる。)

 

ヴァグナーは、1849年にドレスデン(現ドイツ ザクセン州都)で起こったドイツ3月革命に参加しましたが、革命の失敗により指名手配の身となり、ヨーロッパを点々とし、1858年まで9年間亡命者として過ごしました。
その亡命中、1852年に熱狂的なヴァグナー信者であるオットー・ヴェーゼンドンク(米国織物会社のヨーロッパ支店長)と、その妻のマティルデに出会いました。
そして、オットーはパトロンとして様々な援助をし、チューリヒの自宅の隣に小さな家を建て、ヴァグナーに貸し与え、ヴァグナーはその家に1857年4月に移り住みました。
それを機にマティルデと恋愛関係となり、彼女の作った5つの詩にヴァグナーが曲をつけたものが、この「ヴェーゼンドンク歌曲集」となりました。

 

一方で1854年秋頃から、ヴァグナーはオペラ「トリスタンとイゾルデ」の構想を練っていました。(ヴァグナーのオペラは、歌劇ではなく「楽劇」と称されます。)
このオペラ「トリスタンとイゾルデ」は、マティルデとの恋愛関係を投影し、理想化する内容として精力的に取り組んでいました。(最終的にはチューリヒを去った1859年に完成する。)
その制作中につくられたヴェーゼンドンク歌曲集は、オペラ「トリスタンとイゾルデ」の完成に向けて、良い練習になったといわれています。

そこから、その第3曲目「温室」と第5曲目「夢」には、「トリスタンとイゾルデのための習作」という副題が付けられています。
「温室」はオペラ「トリスタンとイゾルデ」の前奏曲から第3幕にかけての長いパッセージに、「夢」は第2幕のラブシーンに用いられています。

 

トリスタンとイゾルデは、オペラに新しいスタイルを作り出したものとして音楽史では評価されています。
前奏曲の長く溢れるようなメロディーに付加された最初の和音は、革新的で官能的とも評され、「トリスタンコード」といわれています。これにより、「トリスタン前」と「トリスタン後」という時代区分が生まれたといわれています。
トリスタンとイゾルデの原作は、「トリスタン物語」ともいわれるケルトの恋愛物語で、12世紀頃フランスやドイツの宮廷詩人(吟遊詩人)たちにより広く語り伝えられたものです。
主人公の「トリスタン」は、叔父であり養父である「マルク王」(コーンウォールを支配/イングランドの南西端)に仕える騎士であり、この2人とアイルランド王女「イゾルデ」を巡る恋愛物語となっています。
なお、ケルト・ケルト人とは、紀元前に中西部ヨーロッパからブリテン諸島(イギリス/アイルランド)に移住し、ローマ帝国やアングロ・サクソン人が進出するまで、支配していた文化・民族を指します。

 

※ 演目の詳細説明は、以下のリンクにございます。